仙台高等裁判所秋田支部 昭和26年(ナ)15号・昭26年(ナ)16号 判決
原告 山内清一郎 外一名
被告 秋田県選挙管理委員会
一、主 文
原告清一郎の確認請求を棄却する。
昭和二十六年十一月二十日被告が同年四月二十三日執行の秋田県北秋田郡綴子村長選挙における当選の効力に関する原告等の訴願について為した、裁決を取消す。
右村長選挙における原告清一郎の当選は無効なることを確認する。
訴訟費用は原告清一郎と被告との間に生じたものは原告清一郎の、原告茂治と被告との間に生じたものは被告の各負担とする。
二、事 実
原告清一郎訴訟代理人は、『昭和二十六年十一月二十日被告の為した同年四月二十三日執行の秋田県北秋田郡綴子村々長選挙に関する裁決主文第二項即ち「昭和二十六年四月二十三日の綴子村長選挙は無効である。」との部分を取消す。右村長選挙における原告清一郎の当選は有効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。』との判決を、原告茂治訴訟代理人は、『昭和二十六年十一月二十日被告が同年四月二十三日執行の綴子村長選挙における当選の効力に関する原告茂治の訴願について為した裁決を取消す。右村長選挙において当選と決定した原告清一郎の当選は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。』との判決を各求め、その請求の原因として、原告清一郎訴訟代理人は、
(一) 原告清一郎は昭和二十六年四月二十三日執行の秋田県北秋田郡綴子村々長と同村議会議員との同時選挙において、村長に立候補して当選し、目下同村々長の職に在るものであるが、
(二) 同原告の右当選決定後、同年同月二十七日、選挙人である原告茂治から原告清一郎が同村議会議員在職の儘立候補した違法があるとの理由で同村選挙管理委員会に対し、同原告の当選の効力に関する異議申立が為され、同年五月五日同委員会は右異議申立を理由ありとして同原告の当選は無効であるとの決定を為し、即日その旨告示したので、同原告は該決定を不当とし、同年五月二十二日被告に対し訴願を提起し該決定の取消を求めたところ、
(三) 被告は、同年十一月二十日附を以つて、右綴子村選挙管理委員会の決定を取消し、同村長選挙は無効である旨の裁決を為し、該裁決書は同年同月二十三日同原告に送達せられた。
(四) しかし、同原告は同年三月三十一日迄同村々議員であつたことは相違ないが、右村長選挙に立候補するため、同年三月三十一日綴子村役場に於て執務中の同村議会書記兼同村選挙管理委員会書記堀内由蔵に対し、口頭で同日限り同村議会議員を退職する旨の意思表示を為し、且つ右退職申出手続につき遺漏なきを期せられ度い旨念を押しておき、更に同年四月三日右村長選挙立候補届出を為すに際り前同様同村役場において右堀内由蔵に対し、同原告の右村長選挙立候補届書並びに前に申出ておいた同村議会議員退職申出書の作成提出等一切の手続を遺漏なく処理せられたい旨口頭で再度念を押して依頼し、右由蔵もこれを応諾したので同原告は地方的慣習に従い右由蔵に対し同原告の印章を手交し、右由蔵は該印章を用いて前記各書類を作成提出の手続を了したものであつて、その後右につき何等の不備欠陥の指摘もなく、同原告の立候補届書は受理せられ、その告示も所定とおり為され選挙も滞りなく執行されたのである。ただ、同原告に対する村議会議員退職許可書は同年四月二十七日右由蔵の手から同原告に交付されたものであるが、これは事務的関係による遅延に過ぎない。凡そいずれの官庁会社その他の団体にあつても、その最高責任者に対する部外者の意思表示はその窓口の係の者に対して為され、又その責任者から部外の者に対する意思表示は、その窓口の係員から為されるものであることは吾々の日常生活における常識である。窓口の係員と最高責任者との間の内部関係のことには部外者は関与できない。斯様な実情の下においては窓口係員に対する部外者の意思表示はその最高責任者に対する意思表示とみなされ、又窓口係員から為された最高責任者名義の意思表示は当然その責任者に対する意思表示とみなされなければならない。これが社会常識である。本件の場合においても村議会の係書記堀内を通じて同村議会議長に原告清一郎の同職員辞職申出の意思表示が伝達せられ、更に右堀内を経て右議長名義の許可書が出されているのであるから、正式に右辞職の許可があつたものというべきであるが、仮りに右堀内から右議長に対し同原告の同職員辞職申出の意思表示が事実上伝達されなかつとしても右堀内は右議長の印章迄預つていたのであるから一々議長の指示を受けなくても同議長に代つて一切の手続を為す権利があつたというべきであり、右堀内がその権限内において為した右辞職許可書は右議長の意思表示とみなさるべきである。又必要な事実行為が総て完了されているに拘らず、書類の整理だけが後に為されるということも日常社会生活上あり得ることであるから、前叙の如く右辞職許可に関する書類の整理が後れたということのために事実上完了された該許可行為が無効であるということもできない。もし夫れ同議長や前記堀内書記が原告清一郎の反対派の人達でそれがために悪意を以つて同原告を失脚せしめんがため通謀の上右許可書の交付を遅らしたとせんか、同原告としてはこれを防ぐ方法はなかつたという点に思を致すべきである。村長立候補届と村議会議員退職申出とを同時に同一人堀内由蔵に為したのに前者だけが有効で後者だけが無効であるというのも納得のいかないことである。右の次第で原告清一郎は前記立候補当時既に村議会議員を辞職していたものであり、従つてその当選には何等違法の点はない。
(五) 更に又公職選挙法第九十条には辞職の申出があつた場合においては、仮令手続その他の関係で辞職ができなかつたとしても、その申出後五日に相当する日に辞職したものとみなす旨規定されてあるので、同年三月三十一日に辞意を申出た原告清一郎の辞職につき村議会議長の許可がなかつたとしても、同年四月五日に同村議会議員を辞職したものとみなされるわけであり、同原告の右立候補届出の日時は同年四月三日であるから辞職発効の二日前に立候補届出が為されたという点でその立候補届出を無効というのであるならば、それは余りにも法の精神を没却した杓子定規的解釈といわねばならぬ。右辞職申出は其の申出後五日目から有効であると解しても毫も差支なく、又斯く解してこそ社会正義に合した解釈というべきである。これを要するに公職選挙法第九十条の法意からいつても同原告の立候補届出には毫も違法の点なく、その当選は有効であるといわねばならない。
(六) なお、仮りに原告清一郎立候補の際同原告の村議会議員辞任の事実が認められないとしても、前記村長選挙は同村議会議員選挙と同時に行われ、しかも両者共任期満了による選挙であるから公職選挙法第八十九条第二項により右議員在職の儘立候補することは差支ないところである。
(七) 仮りに前記堀内由蔵の執つた手続に些細な手違があつたとしても、これにより選挙を無効にしたり当選を無効にしたりすることは余りにも形式に走り、法の精神を没却し、徒らに法規を弄ぶものといわざるを得ない。これを要するに被告の前記裁決は不当であり、且つ原告清一郎の当選は有効であるといわねばならぬと述べ、
原告茂治訴訟代理人は、前記選挙につき原告茂治は同年四月二十七日原告清一郎主張の如き異議申立を為し綴子村選挙管理委員会は同年五月五日これに対し原告清一郎主張の如き決定を為し、該決定は決定当日原告茂治に送達せられたが、同委員会が候補者たる資格を欠く原告清一郎を本件選挙における村長候補者として告示し該選挙を執行したのは公職選挙法に違反するものであり、且つそれは該選挙の結果に異動を及ぼすおそれあること明であるから該選挙は候補者原告清一郎に関する部分に限り一部無効であり、同委員会の前記決定は公職選挙法第二百九条に違反し不当であると思料したので、同年五月十五日被告に対し訴願を提起し、その旨の主張を為したところ被告はこれに対し同年十一月二十日「本件選挙は全部無効とする」との裁決を為し、該裁決書は同年同月二十三日訴願人たる原告茂治に送達された。然しながら、(1)選挙管理者は候補者個々につきその者が候補者たることを制限されているか否かを知悉する義務なく、(2)従つて本件選挙管理者が候補者たる原告清一郎が村議会議員であることを知らず又は失念して、同原告が公務員退職申出証明書を添付せずに提出した村長立候補届書を受理し(同年四月三日)且つこれを告示し(前同日)たのを以つて違法となすことはできない。(3)前記選挙管理者が候補者たる原告清一郎が不適格者であることを知り、或は気付いたのは同原告の当選告示(同年四月二十四日)をした後である。もしその以前に知つていたとせば、その知つた時期に従つて同原告の右立候補届書を却下するか開票管理者をして「候補者となることのできない者の氏名を記載したもの」として措置させるか、選挙会において同原告を当選者として決定することのないように措置させることができた筈であるからである。(4)被告がその訴願裁決において本件選挙の管理者が山内候補の不適格者たることを知悉していたものと断じているのは事実誤認である。上叙の次第で本件選挙は全部無効でなく、唯原告清一郎の当選のみが前記異議並びに訴願において当方が主張した理由により無効であると述べた。(立証省略)
被告指定代理人は、原告等の請求を棄却するとの判決を求め、原告清一郎に対する答弁として同原告訴訟代理人の主張事実中(一)(二)(三)の点及び同原告が昭和二十六年三月三十一日その主張の如く綴子村役場に於て執務中の同村議会書記堀内由蔵に対し、「本日限り同村議会議員を退職するからその手続をとられ度い」と口頭で申出た事実は争はないが、右退職の意思表示は同村議会議長に通じて居らず、且つその許可も得ていないから法律上これにより辞職の効力は発生していない。同原告に対する退職許可書は同年四月二十七日に至つて右堀内が擅に作成交付したもので、右議長の意思に基くものでないからこれまた無効である。村議会の書記はその議長の命を受けて同議会の庶務を掌理するものであり、同議長に代つて同議会議員の辞職を許可する権限もなく又同議長の許可がないのに同議長名で同議会議員の退職許可書を作成交付する権限もない。同原告は村議会議員を辞することなく在職のまま村長に立候補したものという外ない。然し同原告の立候補届出は瑕疵ある立候補届出ではあるが、権限ある機関により受理せられたものである。公職選挙法第九十条は現職公務員についてその立候補を制限する反面、辞職の不許可又は遅延によつて立候補の機会を逸することなからしめんがための規定であつて、他の法律関係においては辞職手続がなくても立候補するため辞職する旨の申出をした場合は、公職選挙法上あらゆる法律関係において申出の日後五日に相当する日に公務員でないとする趣旨である。公職選挙法施行令第八十八条第五項の規定は、公職選挙法第八十九条の規定によつて在職のまま公職の候補者となることのできない公務員が、候補者となろうとする目的を以つて公務員たることを辞する旨の申出をした場合における立候補届出の手続を定めたものであるから、かかる手続規定からその基本法である公職選挙法第八十九条をその明文に反して解釈する余地はない。従つて同原告が同年三月三十一日村長選挙に立候補するため村議会議員を辞する手続を依頼したとしても四月三日村長立候補届出当時は未だ議員在職中であつて、此の点において立候補届の基本規定である公職選挙法第八十九条第一項所定の実質的要件を欠き、又退職申出証明書の添付がなかつた点において公職選挙法施行令第八十八条第五項の所定の形式的要件を欠く違法があり、同年四月五日に至つて議員を辞したものとみなされてもかかる瑕疵ある立候補届は正規の手続が履践されない限り、その違法を治癒されるものではないから本件選挙は無効といわねばならぬ。原告清一郎訴訟代理人は公職選挙法第八十九条第二項を引用するが、同法条は原則として在職のまま立候補することを禁止されている公選による公務員がその者の任期満了のために行はれる後任者の選挙には在職のまま立候補できる旨の特例を定めたもので、村長選挙と村議会議員の一般選挙が同時に行われる場合と雖、村議会議員が現職のまま村長選挙に立候補することを許す規定ではないと述べ、原告茂治に対する答弁として、原告清一郎は村議会議員を辞職しないで村長選挙に立候補したものであることは上来陳述したとおりである。原告清一郎は選挙長の命を受けてその職務を事実上行い、立候補届の受理等にあたつた堀内書記に右退職手続方を依頼したので退職の手続はすべて完了したものと確信しておつたというのであるけれども、右につき法令の規定による手続はとられなかつたものである。堀内書記は村議会の書記であると共に村選挙管理委員会書記であつたのであるから村議会議員に欠員が生じたときは、その日から五日以内に村議会議長から村選挙管理委員会にその旨通知しなければならないことは、公職選挙法第百十一条の規定するところで、原告清一郎の本件立候補の場合は右通知の事実が全然ないのであるから原告清一郎が村議会議員を辞した事実のないことは同書記において十分知り得べき事柄であるのに、右堀内書記は原告清一郎が村内の知識層の者であるから手続に落度はあるまいとて慢然右辞職の事実があつたものとしてその立候補届を受理したというのであるから、右は立候補制限者であることを確認せず又確認しようともせずにその立候補届を受理したものであり、選挙法の精神を没却するものである。原告茂治訴訟代理人は本件選挙管理者において原告清一郎が立候補不適格者であることを知り、或は気付いたのは同人の当選告示後であると主張するが、(1)前記の如く堀内書記が綴子村議会書記であり、且つ同村選挙委員会書記である事実の外(2)原告清一郎が立候補届出を為すに際し居合せた同村議会議員立候補届出者藤島茂治、同宮野義男の面前において同管理者に対し、村議会議員の辞職手続方を依頼した事実、(3)管理者が選挙期日前において瑕疵ある立候補届を受理したことを被告委員会秋田出張所書記に打明けた事実等に徴し到底これを認めることができない。此の点に関する原告茂治訴訟代理人の主張は形式論に過ぎない。かかる立候補制限者をして候補者をして選挙運動を為さしめることは選挙の管理執行規定に背戻するものであり、しかも当該立候補者の存否によつて選挙人の投票の結果に異動を来すべきことは当然考え得るところであるのみならず、当選人となし得ない者を選挙に参与せしめることは選挙の自由公正を害するものであり、選挙人の判断上不当なる影響を及ぼすものであるから、その違法は当選の効力の問題としてでなく選挙の効力の問題として論ずべきである。
次に選挙長は立候補受理にあたつては、条理上実質的に立候補の適否につき審査を為すべきものであつて、立候補届出書類に形式上違法の点がなくても該立候補者が候補者となり得ないものであることが、特別の認定行為をまたずして客観的に判定され得るものである場合、当該立候補者の立候補届書は無効であり、従つてこれを受理して同人を候補者として告示することはできないものと解しなければならない。仮に選挙長の右受理行為が適法であるとしても実質的要件を具備するや否やは専ら選挙会において最終的に決定すべき事柄であり、本件選挙において選挙会は原告清一郎が立候補の要件を具備していないことは十分に知り得べき状態にあつたのであるから、これを知つて居たというべきであり、これを知りながら立候補届を受理した失当を看過して決定を為した点は選挙の効力に関する問題として論ずべきである。公職選挙法第六十八条第一項第二号によれば選挙会において審査を行つた結果、当該立候補者が同法第八十九条の規定により同公職の候補者となることができない者と認めたときは同候補者の氏名を記載した投票を無効とするとあるけれども、かかる規定の存することにより公職選挙における立候補届出書につき選挙長は何等の審査権もないものと解し、又立候補資格の有無はすべて選挙の効力に関する問題ではなく当選の効力に関する問題たるに通ぎないと論ずることはできないと述べた。(立証省略)
三、理 由
原告清一郎が昭和二十六年四月二十三日執行の秋田県北秋田郡綴子村々長と同村議会議員との同時選挙において村長に立候補して当選し、目下同村々長在職中の者であること、同原告の当選決定後たる同年同月二十七日選挙人である原告茂治から原告清一郎が同村議会議員在職の儘立候補した違法があるとの理由で同村選挙管理委員会に対し同原告の当選の効力に関する異議申立が為されたこと、同年五月五日同委員会は右異議申立を理由ありとして同原告の当選は無効であるとの決定を為したこと、同原告は同年五月二十二日被告に対し訴願を提起し、該決定の取消を求め、被告は同年十一月二十日附を以つて右村選挙管理委員会の決定を取消し、前記村長選挙無効の裁決を為し、該裁決書は同年同月二十三日同原告に送達せられたこと、同原告が右選挙に際し、立候補届出手続を同原告主張の綴子村選挙管理委員会書記兼同村議会書記堀内由蔵に依頼するに当り、同村議会議員辞職手続方をも依頼したことは被告の認めるところであつて、右依頼の日時が同年三月三十一日であることは同原告本人訊問の結果に徴し、これを認め得るところであるが、当時村議会閉会中であつたことは証人三沢修之助の証言により明かであるから、右議員辞職手続は同村議会議長に対し為さねばならぬことは言を俟たないところ、甲第二号証は右堀内由蔵が後日に至り擅に作成して同原告に交付したことが証人堀内由蔵の証言により明であるので採証の資料とならず、その他同原告の立証によつては右堀内由蔵が同原告の依頼に基き、同選挙執行の日までに同村議長に対し、同原告の右辞職申出に関する書類を作成して提出する手続を執つた事実も口頭で同原告の辞意を伝達した事実もこれを肯認するに由なく、却つて証人三沢修之助の証言によれば全然かかる事実のなかつたことが認められる。同原告は村議会書記たる右堀内由蔵に辞意を申出た以上は村議会議長に対し辞意を表明したと同然であり、その効力を否定するのは不条理であると縷々主張するけれども、右堀内由蔵は同村議会の書記に過ぎないことは当事者間に争のないところで、同書記は村議会議長の監督の下に庶務を掌理する権限を有するに過ぎず、同人が同原告の辞意を同村議会議長に伝達しなかつた徳義上の責任はあるとしても、同人がこれを村議会議長に伝達しないことが前段認定のとおりである以上、合式に村議会議長に対する同原告の辞意の表明があつたと為すことはできない。右由蔵が事実上村議会議長の印章を何時でも使用し得る状態にあつたからといつて、同人が右議長の権限を包括的に委任せられていたということはできないし、又かかる委任が法律上是認されるものでもない。上叙の次第で既に右選挙執行以前に同原告の右辞職申出の事実が認められないとせば、その効力の発生の有無乃至その時期の点に関する当事者の主張については判断の要がないといわねばならぬ。公職選挙法第八十九条第二項は在職のまま立候補することを禁止されている公選による公務員が、その者の任期満了の為に行われる後任者の選挙に在職のまま立候補し得る特例を定めたもので、本件の如く村議会議員が村長選挙に立候補する場合両選挙が同時に執行されたからとて右特例の適用を受け、村議会議員在職のまま村長立候補ができると解すべき理拠はない。然らば同原告は村議会議員を辞任することなくして村長に立候補して当選したという外なく、その当選の効力は公職選挙法第八十九条の解釈上否定されねばならぬ運命にあるものといわねばならない。よつて進んで原告茂治の被告の為した裁決の取消請求につき審案するに、苟くも選挙の管理執行の規定に違反する事実があり、そのため選挙の結果に異動を来すおそれある場合は該選挙は無効であるが、選挙の管理執行に関する規定は必ずしも明文の規定に限らず、選挙の自由と公正を期することを第一義とする選挙法規の根本精神に副わない不公正な行為もこれを含むと解すべきであるが、選挙管理者は立候補者が立候補制限を受ける者であるか否かにつき、実質的に審査する義務を負わされると解すべき根拠なく、却つてかかる義務のないことは公職選挙法第六十八条第一項第二号に公職の候補者となることができない者の氏名を記載した投票を無効とする旨の規定の存することによつてもこれを推知するに難くないのであるから、選挙管理者が立候補者に立候補制限事由の存することを知りながら選挙を執行したとせば、格別これを知らずに選挙の管理執行を為したとせば、その後に至つてその事実が判明したからといつて選挙の管理執行に関する法規に違反ありと為し難く、かかる実質的審査権のない事項につき立候補届書の記載に欠くるところのあるのを選挙管理者が看過した事実があつても、その非は立候補者の側にのみ存し、選挙管理者の側にありとなすことは正当でなく、かかる事実は当選無効の事由となることは格別選挙の全部無効を招来する形式的又は実質的法規違反と為すことも正当ではない。今本件につきこれを観るに、被告の立証全部によつても本件選挙管理者が原告清一郎に前記の如き立候補制限事由が存することを本件選挙執行前に知つていた事実を肯認するに由なく、却つて証人畠山茂一の証言によれば全然この事実を知らず、本件選挙の執行を終了したものであることが認められる。同原告の立候補届書中に村会議員辞職に関する証明書類の添付のなかつたことは証人堀内由蔵、畠山茂一の証言により明かであるが、かかる立候補届書の不備を看過したことが選挙全部の無効を来す理由とはならないことは前叙のとおりであるから本件選挙を無効とした被告の裁決は失当であり、従つてその取消を求め、且つ原告清一郎の当選無効の確認を求める原告茂治の本訴請求は正当であるからこれを認容すべきであるが、村議会議員辞職が法律上有効なることを前提とする原告清一郎の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなくすべて失当としてこれを棄却すべきものとし訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 豊川博雅 西田賢次郎 浜辺信義)